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ゆきとかぜとうみ

何かもそもそ書いてます。☆感謝。

再会

学生時代の友人に会ってきました。

私の友人の中で唯一、名字さん付けで呼び合うひと。
氣付けば数少ない実家組。そしてご近所さん。
なのに、学校を卒業してからは数える程しか会っていないひと。
前回は、当時出産間近だった共通の友人と一緒に会って、その友人の子供がもう小学生だから…随分久しぶりです。
メールのやり取りをしたのも5年ぶりくらいかも 汗

そんな5年も連絡しない不精者の私に、何故かふいにコンサートの案内をくれる、律儀で奇特なひと。

彼女は音楽家です。
私が遠い昔に「いつかHさん(友人)の演奏聴いてみたい」と言った(…らしい)ことを覚えていて
(ごめん本当全然思い出せない ←よくあるヽ(´∀`)ノ)
今回自らが出演することになったコンサートの案内を送ってくれた次第。

学生時代、一度だけ彼女の演奏を目の当たりにしたことがあります。
音楽科の受験を控えていた彼女が授業中、どういう経緯だったか定かではありませんが、
受験の課題曲をみんなの前で演奏することになったのです。
(先生が「度胸試しにやってみれ」みたいなことを言ったのかも)
どんな曲だったかはこれまた全く覚えていないのだけど、
彼女が発する緊張感で徐々に張り詰めていく教室の空氣と、
演奏が終わった後に彼女が泣き出してしまったことは今でもはっきり覚えています。


彼女の演奏は素晴らしかった。
もちろん演奏会そのものにも興味はあったけど、昔を懐かしむ氣持ちで見に行ったのも偽らざるところで。
それなのに、彼女が弾いていることを忘れてすっかり見惚れてしまいました。
楽しかったー。

…お題、“芸術の秋”だったらよかったのにねえ(ぼそぼそ)


それにしても、彼女はどうしてあんなに喜んでくれたのだろう?
彼女にとって私は、おそらくたくさんいる友人の一人で、
それも共通の友人を介しての付き合いで。
(共通の友人と彼女は幼なじみで、今でもものすごく仲良し)
5年の不精が示す通り、さほど密なお付き合いをしていたわけでもなく。

それなのに、
彼女はコンサートへの出演が決まった時、私の言葉を思い出してくれた。
言った本人がすっかり忘れてしまった言葉を、心に留めておいてくれた。
嬉しかったのと同時に、つくづく
「言葉って受けとる人のものなんだなあ」
と思いました。


かける言葉は流れる水の如く、
受ける言葉は水で削れる岩の如し …だったかな、
そんな感じの言葉を残した人がいたらしいです。文言は少し違うかもしれないけど。
(何たってうろ覚えなんだもの)
誰かに言ったことはすぐに忘れてしまうけど、言われたことはずっと覚えているよ、ってこと。
私は言ったことも言われたこともたくさんは覚えていられない性分みたいなので、
あまり不用意なことを言ったり書いたりしないように氣を付けます…


とりあえず、不精しないで年賀状を出すところから始めようかな。
今ある縁を、大事に、大事に。