ゆきとかぜとうみ

何かもそもそ書いてます。☆感謝。

野墓 という選択

人間というのは、自分が生きた証しを後世まで残したい、と考える生き物である。
と、誰かが昔書いていたのはぼんやり覚えている。
誰だったかしら。

私は「自分がこの世を去る時は、自分の痕跡を一切残さずに消えたい」と物心ついた頃から漠然と考えていて、
※その割にこんな肥溜めの肥料にもならないようなことを書き散らしていたり人様に譲るのもままならない収集物があったりするのだけどそこはひとまず置いといて
この間テレビで見た“野墓”ってシステムは実にいいな、と思いました。

調べてみると、この“野墓”って形態の土葬の風習は国内に少なからずあって、地域によって呼び方も方法も少しずつ違うようだけど、
この間見たのは、棺を埋めた目印になる石と、それとは別のお参り用の石を川原に置く、というもの。
(目印になる木の根元に棺を埋める、というのも以前どこかで聞いたような)
埋められた棺はやがて土に還り、お参りする人がいなくなれば、ふたつの石も年月とともに自然に還っていく。
時期が来たら執着を手放し、時間の流れとともに自然の中に溶け込んでいく在り方が、
お墓も戒名も特に必要ないと思っている私にはとてもぴったりだなと。

もっとも、「戒名とかお葬式ってのは、遺された人間が考えるもんだ」と主張する父とは意見が合うはずがないので、家ではこの話はしませんが( ・ω・)
年齢順にゆけばいずれひとりになる身だから、その時にこのシステムが残っていたらいいなあと密かに思っています。


でも…年齢順にいったら私が墓守なんだよなあ
どーしよお墓